滝行とその後の気付き

2014.07.09 23:56|セラピー関連
滝行2014年

年中行事となりつつある滝行に行ってきました。
気持ち良くて止められません。
今回は後々気付きもありました。


滝行アップ2014

長くなりますが、日本カウンセリングセンターという地味だけど歴史あるところで、お勉強続けております。
ちょうど次の日だったので授業の中で滝行での体験を少しだけお話しました。

私「意識がどこまでも拡がっていく心地良さに甘んじていると、恐さが湧きあがってきて逃げ帰りたくなる…そしてまた拡がり始めて…それを繰り返します。恐さが来るととても嫌です。」

世話人「恐い?恐いってどんな恐さなんですか?」

私「口に出すの恥ずかしいですけど、「ママーッ!!!」って感じなんです。」

実際にはママーッとは叫ばなかった。(ギャーとかウワーとかは叫んだ)旦那という対象物がそばにいて、それを聞かれたら「恥ずかしい・バカにされるかも」という不安が一瞬の内によぎって、止めてしまったのでした。

冷静に考えたら、もしもあの時私がママーッと叫んでいたとしても気に留めるような人ではないから、過去に積み重なる経験から自動的に「説明できない不安→母(またはそれらしき存在)の元にすがる」というのが対象物にみられたら恥ずかしい事だと思ってしまいました。

この上なく心を許しているはずの旦那が相手でもこれですよ。
滝に打たれている間はそれが旦那だったかどうか意識出来なかったのかもしれないですけど。
なのに、その「場」では最初からそれを話すことが出来た。聴くことに長けた人たちがいるから安心して自然に出てきてしまったのです。

その瞬間の自分が知覚できたことは「説明できない不安」→「ママーッ!」→「恥ずかしい」→「口をつぐむ(という行動)」だけ。
それを抑えている・言うのを止めている自分、止めるに至る経験がある自分には気付いていません。
見ている自分と見られている自分が拮抗していることにも気付いていません。

そして後にそれに気付けた時に「無知の知覚」を体験したわけです。私は「知らなかったこと」を知った。

そして今想像するには、抑えこもうとする感覚がとても嫌だったのではないか。

そしてその後、改めて旦那に「あの時、ママーッと叫びたかったんだ。」と言ったら、「ふーん」だって。予想通り。

テーマ:メンタルヘルス・心理学
ジャンル:心と身体

Comment

非公開コメント

プロフィール

 yoyo

Author: yoyo
元オーガニック系シェフ・現ヒプノセラピスト。食べ歩き、レシピ、山菜キノコ採取、お散歩、セラピー関連など、私の日々を綴ります。私がどんな人間か知っていただければ嬉しいです。

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

最近の記事

最近のコメント

ツリーカテゴリー

リンク

トラックバック

キーワードで記事を検索!

私のレシピ本です

ピースフード―安曇野の大地からのレシピ ピースフード―安曇野の大地からのレシピ
シャロムヒュッテ (2005/08)
家の光協会
この商品の詳細を見る

FC2カウンター


Google自動翻訳

RSSフィード

ページトップへ