死生観をシェアする会・3回目を開催しました。

死生観をシェアする会を開催しました。
(クローズドで知り合いに声をかける形で開催しています。)

死ぬことは誰にでもやってくるし、生きることと背中合わせ。
しかし、それについて語ることはタブーとされたり、悲しいこととされたり、宗教とされたり。
ざっくばらんに私はこう思っている、あなたはどう?と
偶然集まったその場限りのメンバー同士でシェアできる場を作りたいと思って始めました。

共同主催のなおみさんはテーマの関連するNPO法人で活動なさっていたこともあり、
葬儀や埋葬などについても詳しい方です。

今回の参加者は男性3人女性1人、主催者2人も女性なので3対3でスタートです。
お申込みいただいていた他の女性は体調が悪かったりでキャンセルに。
この手の会で男性が多くなることは珍しいですね。

8月20日コラージュ

まずは今日呼んでほしいお名前と年令だけの自己紹介をして、
コラージュ作成をします。

雑誌やチラシなどの写真を切り抜いて大きな画用紙に貼っていきます。
テーマはもちろん「死生観」
みんなでお話をする前に自身の死生観を深く感じてもらう狙いがあります。
技術は必要なくて、直観でペタペタ貼っていきます。
みんなの感覚・芸術性が個性的に表れてくるのが不思議。
作業自身も童心にかえったようで楽しいものですよ。




そして、トークセッション、
まずは「私はまだ近親者の死を体験していません。死を身近に感じた経験を聞かせて」というお題から。

・10数年前奥さんをガンで亡くした。
付き添いのために病院に通う中で他の同じような境遇の方々と出会い、先に亡くなっていった。
だんだんに直観というか、亡くなる直前のなにかが感じ取れるようになって、そこに祝福のような感覚も覚えた。

・母は出張中に交通事故で他界。実感できなかった。
父とは折り合いが悪かったが、倒れてから話をすることが出来て悔いはない。
でも、まだ聞きたいことがあった。それはもう永遠に明らかにはならない。

・職場の部下の死、ビジネスパートナーの死、両親の死よりもショックが大きかった。
両親はいずれ先に死ぬものという漠然とした覚悟があったからかもしれない。

・数か月前奥さんが他界。死に目には合えなかった。
小学生の娘は理解はしているけれど、母の死についてはあまり語ろうとしない。
娘のケアをしっかりしていこうと思う。



「死ぬことは怖いのか、死んだらどうなるのか」というお題。

・小さい頃に臨死体験らしきものをした。
寝ている自分の周りにみんなが座っているのを天井から感情無くぼーっと眺めていた。
それ以上の体験があったのかもしれないが、覚えていない。
今は死ぬのが怖いと思っている。

・死んだらどうなるかはハッキリ分からないことが大事なのでは。
わざわざ分からない状態で生まれてくるのだから、分からないことに意義があるのだと思う。

・死が自分にどのような変化をもたらすのかが楽しみ。
肉体は無くなるけど、経験はどこかに蓄積されたり生かされたりするのじゃないかと思う。

・死ぬのが怖いと思わなければ人は簡単に死を選んでしまうかもしれない。
神様の策略で怖いと思っているのでは。

・恐竜や動物と同じように生き延びようとする本能があるから死ぬのが怖いのでは。

・死んだら元居た場所に戻ってそこの仲間と地上での経験をシェアするのだと思う。



「生まれ変わるのか、何のために生まれてくるのか」というお題。

・生まれ変わると思った方が楽しく生きられる。

・やり残しが少ない人が赤ちゃんの時に死んでしまったりするらしい。

・仲間が必要な経験を積むのを手伝うために生まれてくるパターンもあるらしい。

・向こうの世界では、言葉が無くても通じるし、思うように移動できて、食べ物も必要ない、とするならば
色々と制限のあるこの世界に生まれてくるのは
わざわざ「制限のある世界」というアミューズメントパークに来るように特殊な体験なのでは。

・近年、スマフォで外国人同士でも交流出来たり、移動しなくても体験できることも多くなったり、ダイエットして食べない人も多い。
障害や老化をわざわざ体験する施設もある。
制限のある世界の中で更に制限を求めるのは末期的なのでは。

・老化は通常誰にでもやってくるから強い制限を体験できる機会となるかも。


更に、「長生きはするべきなのか」
「家族の遺体に死に化粧を施すなどで遺体に触れられるか」
「あとどれくらい生きたいか」
などお話は尽きませんでした。


8月20日お刺身

みんなで近所の居酒屋に移動して、更に深い話をしてみたり、軽い話もしてみたり。
小さいお店なので貸し切りにしてくださって、ゆっくり美味しくいただけました。


次回開催なるか!毎回ですがまだ未定です。

テーマ:生きること
ジャンル:心と身体

死生観をシェアする会・2回目を開催しました。

昨日開催した死生観をシェアする会のレポートです。

お菓子の写真は撮り忘れましたが、手作りお菓子を囲んで
その日に集まったその時だけのメンバーで
死にまつわることや生きることをお話する会です。

4月コラージュ作成

まずは死生観をテーマにしたコラージュを作成。
個性たっぷりに楽しく作ることが出来ました。
意外にも暗い作品は無いのですよ。


死生観コラージュ
みんなの許可をいただいていないので今回の写真は私のだけです。


そして、トークセッションスタートです。
事前にいただいた皆さんからの質問を議題にして意見を出し合います。


まずは自分の最後について。
「誰に看取られたいか、最後に何を食べたいか。」

二つ別の質問のようですが、看取ってくれる人が食べさせてくれる、用意してくれる
という想定もあり、繋がっているものでした。

・いつ死んでも良いようにいつも納得できるものを食べている。
・母とか、誰かが作ってくれたものを食べたい。死ぬ間際なのにこんなの消化できないよーとかツッコんだりしながら。
・自分でご飯とお味噌汁を作る。誰かに作って欲しい気もするけど、自分で作る気がしてる。
・なぜか死刑執行の朝の食事というイメージなのだけど、熱々のトーストにバターを塗ったものがいい。
・1人で死ぬのも嫌じゃない。誰かと言われれば息子に看取られたい。
・固形物は無理そう。液体がいい。少量のさっぱりしたお酒とか。
・甘露(水)を一滴。奥さんか子供に飲ませてもらえたら最高に甘くておいしく感じそう。

予定通りにはいかないかもしれないけれど、
自分の死ぬ時の準備として、周りに要望を伝えておきたいですね。


「死後の世界ってどんなイメージ?」

・死んだら上に行って一段落。
・幼稚園の頃から宇宙は無限とか延々と生まれ変わるとか考えるとすごく怖い。
・地獄に行きたくないから良い人間でありたい。
・同じ芸術を目指して苦労する人生に3回生まれ変わると天才として生まれることが出来るらしい。
・死の境目はハッキリしないもので、その存在が誰かの中に引っ越しするイメージ。体が無くなっても誰かの記憶の中にいる。
・死後の世界は死んでみないと分からない。
・死ぬのは怖くないけど、病気は怖い。

子供の頃に、死は悲しい・怖い・苦しいものというようなイメージを刷り込まれている場合が多いようです。
人生を全うして安らかに亡くなった方が周りにいたならイメージは違っていたかもしれません。
そのような方の死に至る過程・死に顔・周りの反応など、子供の頃に経験しておくと良さそうです。


「生きるとはどういうこと?何を大切にする?どんな意味がある?」

・どんな動物でも微生物でも子孫を残そうとするのはなぜだろう?
・すぐそこに何かが待ってる、その何かに出会うために生きてる。その何かに生かされてる。死者の記憶を伝えるために生かされてる。
・子孫を残すために子供を産んだつもりはない。自分の味方になって欲しくて生んだ。
・閉経した時に泣きたくないと思ったから子供を産んだ。
・同世代でもう亡くなった友人は、明日やりたいことがあったままに逝ってしまった。やり残さないように日々やりたいことをやる。
・「人間は所詮くそ袋なんですよ。」という言葉が心に残っている。何もしていなくてもくそ袋としては機能している。
・生きている内に何を遺せるか、子孫も然り、誰かの記憶に残ることも然り。
4月お料理

この話は深くて簡単にはまとめられませんが、気が付いたことがあります。
人間故に、子孫を残す以外の遺し方があるようです。
言葉や作品、文化、経験を伝えることなど。

全部書きたいのですが、そんなわけにもいきませんのでこの辺にしておきます。

看取りをする、とあるお医者様は「言い残し・食べ残し・やり残し」が無いか聞くそうです。
無念の○○残しはなるべく無いようにしたい。
そして、小さくとも遺せるなにかがある人生を歩みたいですね。


そして、終了後の飲み会ではなんだかお正月の親戚の集まりのようなめでたくおいしいお食事をいただきました。

この会は今のところ公募はしていません。
主催者の知り合いや過去の参加者の知り合いのみで開催する予定です。
あやこ&やすよのお知り合いの方でご興味おありの方、連絡お待ちしてます。

死生観をシェアする会 第一回目を開催しました。

死生観コラージュ作成

以前からなおみさんと共に温めてきた企画「死生観をシェアする会(仮)」を先日開催しました。

死はみんなに必ずやって来るもの、避けては通れないものであるにも関わらず
重たくなるからか、宗教絡みになるからか、タブーとされやすいトピックですね。
今回は9人で集まってお菓子を食べながら死について語り合う企画です。


前半、まずはお話をする前に「死生観」をテーマにコラージュを作成しました。
お互いの話に影響される前に、個々の死生観にどっぷりと浸かってもらうのが狙いです。


許可をもらっていないので皆さんのを公開は出来ませんが
個々に全く違うものが出来上がり、意外にもカラフルで楽しそうなものばかりでした。
説明を聞いてみるとさらに発見があり、とても興味深いものでした。


後半はトークセッション。
個々に質問をあげてみんなに聞いてみるスタイルです。



「死生観を考えるきっかけは?」

・若い頃死にたいと思ったことがある。どうして本当に死ななかったかと言えば、
何か普通の幸せのようなものを感じてみてからでもいいんじゃないかと思った。
・まだできることがあるはずだと思った。
・簡単には死ねなかった。思いきれなかった。
・親戚が変死・自死して、客観的に考えるようになった。
・生まれ変わりたいと思ったから。

など、ほぼみんな一度は死にたいと思ったことがあるようです。
本当に死のうとするかどうかは別として。


「孤独死についてどう思うか?」

・年老いて、家族が一緒に住もうと言っても一人で住みたい人もいる。
・静かに1人で死にたいと思う人がいることはそんなにおかしいことなのか。
・死んでからの後片付けをどうしてもらうか、今から準備しておくべき。
・一人で死ぬのが怖いから結婚したい。
・今は怖いと思っているけど、死ぬ瞬間になったらどうかな?違うかも。

孤独死はさみしい、かわいそう、って決まっているわけではないのに
メディアの影響などでなぜかそうなってしまっているのかもしれません。
複数の人が疑問に感じているようですね。


「生まれ変わりについて」

・ヒプノセラピーで前世やその死を疑似体験した。リアルに感じた。
・やり残したら、生まれ変わってまた修行。
・宗教によって違うけど、その宗教の内部の人間達はお金絡みでちょっとおかしい。
・飼っていたハムスターが死んで、埋めた場所からポピーが生えてきて咲いた時、生まれ変わったと思った。
・死んだら無になる予定。だからすべてやりつくして、自分で走馬灯やって、自分でお疲れ様って言って死ぬつもり。

生まれ変わるかどうか、生まれ変わるにしても
100%今の自分のエッセンスを持ち越して生まれ変わるのか、一部だけなのか、
死んでみないと分からないのが歯がゆいですね。


「何才で死にたいか?または死ぬ予定か?」

・70才くらい
・60~65才くらい
・63、4才
・55才くらい
・60~65才
・76才
・80才くらい
・70才前くらい
・60才くらい

平均65才くらいでしょうか。


他にも、
・今飼っている犬・猫がいつか死ぬことを考えると怖い。
自分の死よりペットの死は怖い。
これは不思議だけどなぜかそうなのです。

・理想の死に方は腹上死!

・死んだら久高島に散骨希望!←高温で焼かれると骨が固く残りなかなか分解されないらしいよ。
ちなみに法律的に勝手に散骨は出来ないそうですよ。

など色々な話が出ました。



私自身も複数の人とイコールな立場で死についての考えをシェアしたのは初めて。
みんなもそうだったはず。
とっても話してみたかった。聞いてみたかった。
そんな欲求が少し満たされてなんとなくおめでたい気分で居酒屋に移動したらお赤飯を出してくださいました(笑)


皆さまお越しいただきありがとうございました。
なおみさん、お疲れ様。一緒に進行して下さって安心でした。
プロフィール

 yoyo

Author: yoyo
元オーガニック系シェフ・現ヒプノセラピスト。食べ歩き、レシピ、山菜キノコ採取、お散歩、セラピー関連など、私の日々を綴ります。私がどんな人間か知っていただければ嬉しいです。

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