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セラピールーム ファティマ

rainbow www.welcome-fatima.com rainbow 横浜or渋谷から約30分
ヒプノセラピー&カウンセリング ---今の状況を整理したい・自分を知りたい・変わりたい、
どんな悩みでも話してみてください。

初めてのサンゴハリタケ

2018.10.03 23:33|山菜・きのこ・木の実採集
穴掘る

キノコ採り、ボチボチ行っているのだけど
どうも気管支の調子がスッキリしないままなので
ゆっくりお散歩程度にやってます。

今日はオニナラタケが大量に出ていました。
木の根元にあるオニナラのマメを掘っています。


オニナラマメ

マメだけでなく、大きいのもたくさん採れました



サンゴハリタケ

そして、振り返ると…
見たこともない立派なものがくっついてる!

一度だけ採ったことのあるヤマブシタケ
…ではない
頭の中のキノコ辞典を検索。
サンゴハリタケだ!
初めて発見しました。


サンゴハリタケ自慢


結構大きいサイズだったので自慢しているところ。
こういうものは狙っても見つかるものではないので
本当に運といいますか、山に許可をいただいた気分です。

その後、ミニサイズもいくつか発見しました。


オニナラ爆発

オニナラはとにかくたくさん。
ナラタケ系が爆発することは時々あることですね。
頑張ればまだまだ採れたけどこのくらいにしときましょうか。

珍しくアカモミタケも結構採れました。

テーマ:山菜、キノコ採り
ジャンル:趣味・実用

死生観をシェアする会2018年8月のレポートです

昨日開催した死生観をシェアする会のレポートです。
参加者7人と主催者2人計9名で死生観をシェアします。


8月お菓子

本日のお菓子は小麦アレルギーの参加者がいたのでオールグルテンフリーにしてみました。
ココナッツとココアのクッキー、青みかんのクッキー、緑豆のハロワ、ブルーベリーゼリー。
全て植物性の材料で手作りしております。


8gatu.jpg

前半は死生観をテーマにしたコラージュ作成。
個性豊かな仕上がりです。
紙に収まらない、空白が多い、隙間がない、写真に意味がある、色に意味がある、構図に意味があるなど様々。
夢中で作成しているとあっと言う間に1時間が過ぎていきます。


後半は事前にだしてもらった皆さんへの質問をもとにトークセッション。

Qもし、死期が選べるとしたら自分がどういう状態になったら死にたい?

・自分の口でモノが食べられなくなったら
・お金の計算が出来なくなったら
・人の役に立たなくなったら
・精神的に自分に対する誠実さを失ってしまったら
・アルツハイマーなどで親しい人の顔が分からなくなったら
・自分では選べないものだと思う。天から肩を叩かれたら死ぬとき。
・毎日肩を叩かれるのを待ってるのになかなか叩かれない。
・最後に残る感覚は聴覚だと言われている。そのような最後の最後の一滴を感じてから死にたい。

実際に死に直面した方の話では、まず視力が失われ、温度感覚がなくなり…そこで戻ってきたので話が出来ているわけなので、最後の一滴って何なんでしょう・どんなかんじなんでしょう。


Qすべてのものは無に帰するのだとしたら、何のために生きるのか。

・たとえ前世や来世があったとしてもそれも含めていずれはすべて無になる。
・無になってもいい。無くなると思うから今を生きられる。
・この一瞬に生きるの連続あるのみ。
・輪廻転生はする必要がある人がするものだと思う。やり直しが無いように矢印を自分ではなく外に向けて生きるようにしている。
・今世では特に若い時代を生き切れてない気がする。自然な形で生きる来世を生きてみたい。
・今ここにあるお菓子を食べたら無くなる。視点を変えて自分に理解しやすいことを1000理解すれば、分かりにくかったものが分かって来るかもしれない。

何のために生きるのか、分かってしまったら死ぬ時なのかも・・・。


Q幽体離脱の練習に励む息子が心配。写真を撮ってからじゃなきゃモノを捨てられないのに私が勝手に捨ててしまってすごく怒っていた。そこから調子を崩しているような…。幽体離脱をしてどこに行こうとしているのか、捨てられなくなる前の過去に?

・趣味としてというか、瞑想していて、体には居ない感覚になることがある。
・事故でひどいケガをした時に体の外から自分をみていた経験がある。
・夢を見てかなしばりに合う。夢と現実の狭間にいる感覚。
・子供の頃、何者かに頭を3回トントントンとされると金縛りになってた。
・せっかくこの体を持って生れて来たのだから、それを味わうことをしたい。

幽体離脱訓練は趣味程度にして、生活や体調を脅かさないようにしましょう♪


Q精神が肉体を生かしているのか、肉体が精神を生かしているのか。

・生きていく以上この体と共にある。ハードとソフト。
・精神って脳内物質とも言える。
・馬車が肉体、御者が精神、主は奥に座っている何者か。
・精神と肉体だけではなく、その「主」かもしれない、なにかもう一つある気がする。三権分立。
・その「主」は馬車にも御者にも影響を受け過ぎない。左右されずに全てをみている。
・その三つの他に環境という要素もある。
・自分の目では自分を見られない。鏡や写真でしか。他者が認識してくれないと自分は存在しなくなる?
・誰かがチラッと見る。それだけでもその人の存在を確認し承認する力がある。つまりちょっとだけでも「愛」と言える。

デカルトの言葉「我思う、故に我あり」を思い出しました。こういう哲学的な問いを延々と考えるのは大好きです。

他にも議題はあるのですが、長くなるのでこの辺にしておきます。
今回は本当に皆さん個性豊かと言えたと思いました。死生観について「そうだよねー」ではなくて、「私はこう思う」と、違う意見を出し合うのが本当に面白いです。

これからもゆる~く続けていきたいと思います。

※この会はクローズドです。主催者及び過去の参加者の知り合いに声をかける形で参加者を募集します。

続きを読む >>

死生観をシェアする会2018年8月のの感想

今日開催した死生観をシェアする会にご参加いただいた方々に感想を書いていただきました。
今回は30代~50代まで個性的な面々でした。
お越しいただきありがとうございます。

??さん ??才
何度も参加していますが、毎回集まる方によって、内容がとても違い面白いので参加しました。今日は気持ちにしっくりしたコラージュができました。トークセッションでは価値観が違っても、話せる、聞ける機会というのは貴重だなと思いました。

あやめさん 27才
前回の参加の時色々な意見を聞いてから、時と共に死生観が変わってきたので、改めて自分を知りたく考えたくて参加しました。コラージュ作成では自分の中のばくぜんとしたものが形になって自分の死生観が明確になりました。トークセッションでは色々な意見を聞いて、自分の立ち位置を改めて知ることが出来たり、自分のとらわれから解放されたきたしました。またいつか参加します。

らいでんさん 56才
生と死について人の意見を聞いてみたかったので参加しました。コラージュ作成では人のイメージの多彩さに感心しました。みな自分自身の感性に正直だなと思いました。トークセッションでは一人ひとりの世界観の多様さが面白かった。またやって欲しい。

パート旅人さん 52才
みんなの死生観を聞いてみたかったし、こういう場に来る人は濃くて好きなので参加しました。コラージュ作成は、自分は頭人間なので、次回はもっと感性で作りたいと思いました。トークセッションでは、みなさんの心に響く言葉が楽しかった。

あなただけのバスマットさん 0.5才
知人に誘われて参加しました。コラージュ作成用の雑誌の中にあったゴッホの記事に夢中になってしまい、後半巻き返しました。「ひとつまみの塩」が全てだったかもしれません。トークセッションはトイレに行くのを忘れるほどトリップできました。自分の絶望と希望を今より抱きしめられそうです。

??さん 4?才
誘われたので参加しました。コラージュ作成はおもしろかったです。トークセッションいろいろな意見の中で価値観の違いを感じて楽しかった。ありがとうございます。

えいこさん 5?才
今回の開催を主催者からご案内いただいたので参加しました。前回は確か1年3~4か月前に参加したと思いますが、このくらい間が空くと、新鮮な気持ちになりちょうど良かったです。コラージュ作成では、どうも今回はあまり自分の死そのものをイメージできなくて、
むしろ「生まれてから死に向かって生きてきたこれまでの自分の歴史」のようなものに
意識が向いたので、時系列にたどるようなものにしました。自分の仕事に関わりのある写真があったので迷いなく貼り付けた後は、流れるようにその先の構図ができていきました。
コラージュは「たまたま見つけた図柄」との出会いもまた偶然ではなく必然なのかもしれないと感じました。トークセッションでは他のセミナーと違い、答えなどないことがわかっているトークは気負わず好きなことが言えるので気楽で楽しいと思います。私は死について考えることがあっても、積極的な「死にたい」衝動や生きていることへの怒りのようなものは自分の中にないので、様々な死生観があることを改めて考えました。参加者について深く知るでもないのに何となくどこかで関わってつながっていくような感覚が、何とも言えず心地いいです。

白馬で山菜取り 2018

2018.05.16 09:45|山菜・きのこ・木の実採集
ワサビ採り

季節はどんどん進む。
毎年少しずつ早くなっている気がする。
慌てて山菜取りに出かけた。


2018年収穫

コシアブラにはちょっと遅すぎたようだけど、
代わりにシオデがたくさん採れた。

タラも大量。
やっと解けた雪捨て場ではフキノトウも採れた。

他は、ワサビ菜、ウド、水菜、菊菜。

ミヤマイラクサには少し遅かった。

(高低差色々なところで採ってますよ)


ニセアカシア

帰りがけ、烏川沿いでニセアカシアの花を大量に採った。
これをジェラートにしてもらうんだー。

4月22日に開催した死生観をシェアする会のレポートです。

4月コラージュ
久しぶりに死生観をシェアする会を開催しました。
なんと今回は満席でお断りさせていただいた方もいたくらいでした。

まずみんなが揃ったら、今日呼んで欲しいお名前と大まかな年令だけの自己紹介をします。今回は主催者も含めて70代2人、60代1人、50代2人、30代1人40代3人と男性3名、女性6名とみんなバラバラです。
ステータス、体調、家族の状況、宗教観など、相手のことを知ってしまうと自分の考えを伝えられなくなってしまいそうな気がして、語ってしまう前にまず自分の死生観と向き合うためにコラージュを作成します。

一つ今までに見なかったような圧倒的に芸術的な作品が出来あがりました。あとでお話を伺うと子供の頃から持病があり、常に死と向き合ってきたとのこと。苦悩と芸術は表裏一体なのだと強く感じました。

kora-jyu.jpg

芸術的っていうのは私個人の中にある「芸術的カテゴリー」にあてはまっているという意味ですよ。コラージュの目的は芸術作品を作ることじゃなくて、自分の体や心にある感覚を目に見えるように貼ってみるのが目的ですから。芸術目指さなくてOKです。


4gatu.jpg

そして、手作りおやつを食べながら、トークセッションへ突入。

「生きるのは大変ですか?」という議題から

・妊娠した時、走っている車に飛び込みたいくらい思い詰めていた。産まれてしまったら、育てないわけにはいかない。生きる大変さを我慢し続けるか、死ぬかしか選択肢が無かった。なぜか途中で「我慢」or「死ぬ」の他に「戦う」という選択肢が降って来た。
・本当に大変な時期は日々をこなすのに精一杯で大変さを感じる暇がない。
・70代からの長い時間は大変。目的を見つけるのが大変。「今日・用(きょうよう)」を持つのが大変になる。
・母親が今の自分の年齢の頃、さぞかし大変だっただろうなぁと思う。
・今までは家族のために頑張るのが大変だったけど、今は自分のために何が出来るかをみつけるのが大変。
・若い頃はもっと大変だった。今は幸せと言えるレベルにはなってる。

大変真っ只中なのはもちろん大変だし、大変なことが無くなってからも大変なんですね。


そして、「健康に生きてる人はいつ・どういうきっかけで死について考えるようになるの?」

・丹波哲郎の映画「大霊界」を見て自殺するのは怖いことだと思った。
・遺品整理の仕事をしている人の本を読んでから、自分が死ぬであろうポイントを設定してそこから逆算して今何をしておくべきかを考えるようになった。
・第二次成長期くらいから生きているのがイヤだった。自殺したいのとは違うのに、単純に話しちゃうと分かってもらえなくて変な感じになる。
・祖父を自宅で看取った時に手を握っていた。生気が抜けていくのが手を通して感じられた。
・子供の時、自分はそんなに良いものではないから死んだら地獄に落ちるを信じていて怖かった。

核家族化が進んでいる上に病院で死を迎える人が多い昨今、お爺ちゃんお婆ちゃんなど先に逝く人の死を目の当たりにする機会は少ないですよね。色んな情報源や自分の感覚など死に興味を持つきっかけは様々ですね。


次は「なるべく迷惑をかけずに死にたいけど、どうしたら?」

・迷惑ってかける方側とかけられる側がいるよね。
・父が倒れてから私の姉妹が三年面倒をみて看取った。迷惑だとは思っていなかったと思う。自分がやらないと気が済まないようだった。
・尊厳死協会に入会して、カードをいつも財布に入れている。エンディングノートも毎年書き直している。
・葬送方法を自由に選択することに関わる仕事をしていた時、死後散骨を希望されていて費用も前納してくださっていた方がいた。ホームに入っていたのだけど、そこでは死にまつわる話はタブーとされていて、こちらからの郵便物も無地の封筒に入れて送ってほしいと言われていた。結局、亡くなった時、家族は散骨の希望を知らないままお墓に入れてしまった。会に亡くなったことが伝わったのはしばらく後で家族に希望を伝えたけれど、お墓から掘り出す費用のことで決着がつかず、未だに散骨して差し上げられないまま。迷惑かけまいと思っていらしただろうに伝わっていないと叶わない。
・今は法律が許さないけど、将来的には尊厳死を認めたり、年齢や病状など一定の基準を満たせば自殺ほう助もOKとかにしたら良いと思う。
・本当は自分の葬式なんて面倒なことしなくていいと思ってるけど、きっと家族があとでなんでやらなかったと言われて辛いだろうから、やってもらうのも仕方ない。
・FBみたいにエンディングノートを書き綴るSNSがあったらいい。家族だけ読めるページ、特定の友人だけ読めるページ、会社の同僚だけ読めるページなど公開範囲や時期を決められるとか。

何が迷惑かって、人によって・その相手によって、違いますよね。その違いを話し合っておかないと意味なく遠慮したり、大丈夫だと思って迷惑かけたりしそうですね。



「平穏死を迎えたい。最後は家族と過ごして手を握ってもらいながら死にたい。」という議題に進みます。
※平穏死とは延命治療などをせずに、食べられなくなったら自然な衰弱に任せて枯れるように死んでいくこと。

・自宅で看取ることを進めている医者をリストにした本がある。
・医者は延命するのが職業的責任という考え方が根強い。持病の薬を飲み続けなきゃ生きられない。10代の頃、誰かに生かされているのがイヤになって薬を飲まなかった時期がある。明らかに病状が悪化していったが、手紙に自分の考えをしたためて先生に渡した。「こんな考えを持つ子供がいるんだ…」と驚愕していたようだったが、「飲む気になるまで待つ」と言ってくれて、しばらくして、本当に飲む気になったので今も生きている。医者との関係構築が大事。
・動けなくなったら施設に入れて欲しい。
・家族がそばにいて、手を握られるのなんて照れ臭い。野生の猫のように一人でひっそり死にたい。
・殺されるのも悪くない。一瞬で死ねるなら。
・姥捨て山みたいなとこに行くのも悪くない。

今後は今までのように多くの人が病院で死ぬわけにはいかなくなるらしいです。病院のベッド数の限界がある。希望する・しないに関わらず、自宅で看取ることも十分にあり得ると考えて話し合っておかないといけませんね。


最後は「一番生き生きとしていたのはいつですか?」という質問。

・病気になる前は怖いものなしですごく元気だった。興味にストレートに向かっていった。
・学生時代、映画を撮っていて、ラブシーンを撮影した時は楽しかった。
・中学前半までいじめにあったいたのだけど、後半はタガが外れたようにおもいっきり楽しんだ。
・小さいときは欲望に忠実でご近所を隙間から覗いて、内容を家族にべらべらしゃべったりしていて楽しかった。
・小さい頃はやりたい放題だった。大きくなってくると出る釘は打たれたり、誰かに迷惑をかけるのが心配になったりで、輝きが失せていったような気がする。
・まだ生き生きしていると実感していたことは無い。これからかな?

生き生きしてる時って、世間体とか人の迷惑とか考えてないみたいです。迷惑って自分と相手の感覚は違うようですし、あまり深く考えすぎない方が生き生き出来るのかな?まあもう大人なので倫理的におかしなことはやめましょうね(笑)

今回もおもしろいお話が聞けました。特に年齢層がバラバラだったことが話に深みを持たせてくれました。子供がいる人、居ない人、持病がある人、健康な人、色々な背景の人たちが集まって死について・生について語り合うのは本当に意義あることだと思います。違う意見があった方が会は面白くなると思いました。

お越しいただきありがとうございました。勉強になりました。


死生観飲み会4月

終了後の飲み会はなぜか女子だけになりましたので、ワインを飲みながら恋の話に花を咲かせましたとさ。

※この会は季節に一回程度開催予定ですが、公募はしておりません。宗教の勧誘etc.会の趣旨に合わない方が入り込まないよう、主催者の知り合い又は過去の参加者の知り合いのみにお声をおかけしております。

プロフィール

 yoyo

Author: yoyo
元オーガニック系シェフ・現ヒプノセラピスト。食べ歩き、レシピ、山菜キノコ採取、お散歩、セラピー関連など、私の日々を綴ります。私がどんな人間か知っていただければ嬉しいです。

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